池井戸潤氏の作品。金融関係の小説といって、まず名前が浮かぶのが池井戸氏。今は「下町ロケット」が放送されていて話題になっていますよね。安定の面白さで、毎週欠かさず観ています。毎度のことながら、配役がいいよね。

 

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さて、今回のM1は、そんな池井戸氏の初期のころの作品です。「架空通貨」というタイトルで文庫化もされています。

午後四時頃から宵にかけ、街を濡らしたのは蜘蛛の糸を垂らしたような小糠雨だった。少し気温が下がったのか、いま窓から見える住宅街には霧がたちこめ、輪郭も朧に屋根の上には星は見えない。遠くの鉄塔で点滅を繰り返している赤いライトは、音もなくふうわりと点灯したかと思うと、すっと消える。オンとオフの単調なリズムに合わせ、霧は様々な様態にその姿を変える。不思議な磁力が視線を引き寄せ、時間を忘れさせ感覚を翻弄する。吸い込まれそうになる夜だ。

これは冒頭の部分なんですけどね。まずね、内容云々言う前に、池井戸氏は情景ひとつとっても表現力が圧倒的に凄いなと。

 

太いパイプをグロデスクに身に纏った巨大な建造物が黒々とした巨躯を横たえていた。

建物の描写でも、単純に〇〇が建っていたとか書かれていないんですよね。「巨躯を横たえていた」とかなんだその語彙力。(゚Д゚;) 私が言うのも何だけど、それらしく書いたものとは力量が違うな、これが“差”なんだなと思ったのですよ。非常に勉強になります。

 

あらすじ

主人公は、元商社マンで、現・高校教師の辛島武史。不渡りを出してしまった父親の会社をどうにかしようと奮闘する教え子・黒澤麻紀の窮地を、前職である商社マン時代に培った知識と経験を生かして救おうとする物語。

 

麻紀の父親が経営する黒澤金属工業が経営難に陥り、不渡りを出してしまったことを知る辛島。そして、麻紀が行方をくらましたと連絡を受けた辛島は、彼女の家を訪ねることにします。そこで黒澤金属工業が、取引先の社債を持っていることがわかり・・・。

 

「シャサイって何?」
突然訪ねてきた教え子・黒澤麻紀が、なぜそんなことを訊いてきたのか・・・。

 

その真意が、社債の期前償還だと知った辛島は、麻紀を追って木曽川が流れる田神町へと向かいます。そこは、黒澤金属工業の取引先である田神亜鉛を頂点とした企業城下町であり、田神札と呼ばれる“裏”の通貨が大量に流通しており・・・。

 

 

一部の地域では金銭的な役割を果たしているとはいえ、使用範囲が限られいつどうなるかわからない田神札なんぞは一刻も早く手放して現金化したいのが本音。そこで、強い立場から弱い立場へと押し付ける形で末端とへ流れていき、資金繰りのできない企業は次々と倒産していきます。黒澤金属工業も、まさにその煽りを受けての不渡りだったというわけです。

 

経済というのは大手企業から金が流れることで成り立っているわけで、金が流れなければ末端の個人営業や零細企業が真っ先に影響を受けてしまうんですよね。血液が滞るとそこが壊死してしまうように・・・。そんな資本主義の本質的な仕組みとやるせなさがよくわかる一冊です。

 

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元三菱銀行員の池井戸氏だけあって、主人公・辛島の調査力が非常に有能でですね。次から次へといろんなことが発覚していくのですが、まだ女子高生の身でそれを咀嚼していく麻紀の理解力も大したもんだなと思って読んでいました。

 

私はからっきしダメだから、終盤になってくるとつまりどういうことなの?と何回か読み直したりしてたからね。それでもまだ完全には理解しきれていないし・・・。(^^;) 麻紀さんは、父親の会社を何とかしようと社債の期前償還の交渉をしようしたぐらいですからね。ワタクシとは、行動力も地頭も何もかもが月とスッポン並みに違いますわ。

 

辛島先生の立場からすると、教師としてどこまで踏み込んでいいものかと迷うところだと思うんですよね。金八先生みたいな熱血漢なわけでもないけど、片足をつっこんでしまったからには、なんだかんだとほっとけずにがっつりと踏み込んでしまうのが辛島武史という男。

 

あまりの献身ぶりに、教え子のためとはいえそこまでする?というツッコミも聞こえてきそうですが、純粋に頼もしくて素敵だなと感じました。

 

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しかし・・・。金銭の魔力というのは本当に恐ろしく、一歩間違えればすぐに破滅へと導かれてしまう危険を孕んでいるのだなぁと、池井戸作品に触れる度に考えさせられます。いや、お金を稼ぐこと自体はすごくいいことだし、お金=どす黒いものと思っているわけではないんですけどね。念のために。

 

お金は大事です。だからこそ踊らされたり、うっかり騙されないためにも、少しぐらいは知識として身に着けておいたほうがいいのかなと思いました。いやでも、理解するのはなかなか難しいね。(^^;)