なぜだか知らないけど、料理研究家のリュウジさんが夢に出てきました。夢の中の私は、どこか学校のような場所にいて、教科書、またはドリルを使って漢字の練習をしていました。集中できずにいると、場面が突然切り替わり、今度は課外学習的なことをしている自分がいました。やがて教室に入ろうとしたものの、場所がよくわからず、遅刻しそうになって焦っていると、突然リュウジさんが現れて言ったのです。「べつに教室に行かなくても、ここでやれば?」と。ここというのは職員室でした。

そして、リュウジさんは続けて言いました。「教科書通りにならなくても別にいいんじゃない?」その言葉に私は「じゃあ、どうすればいいの?」と質問すると、リュウジさんはニヤリと笑って「俺のやり方を見せてあげる」と言ったところで、目が覚めてしまいました。

こんな奇妙な夢がきっかけで、一つの小説を書いてみました。

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教科書を捨てた料理研究家

 

抑揚のない教師の声が、教室の中をボソボソと漂っている。声は宙ぶらりんのまま、僕の耳には全く届かない。気づけば、ぼんやりと窓の外を見ていた。桜の花びらが、風に乗って舞い落ちる様子を、無心で見つめる。教科書通りに進む授業は、毎回同じ流れで、もう何の面白みも感じられない。ふと、机の端に目をやると、そこに落書きされた文字が目に飛び込んできた。

「俺流でいけ」

あれ?こんなこと、書いたっけ? 不思議に思いながら、その文字に目を凝らす。すると、まるで魔法にかかったように、景色が変わり始めた。

知っているはずなのに、どこか違う。見慣れているはずの四角い空間が、急に異質なものに思えてきた。机も椅子も、何もかもが違っている。気づけば、知らない学校に立っていた。耳元に風の音がして、冷たい空気が肌を撫でる。右手には、まだ新しい教科書が握られていた。

「なんだ、ここ…?」

その問いかけが口をついて出た瞬間、どこかで見たことがある顔が、こちらに向かって歩いてきた。

「…あれ?リュウジさん?」

そう、あの料理研究家のリュウジさんだった。でも、エプロン姿ではなく、ラフなパーカーを着ている。

「教科書通りにやるのが好き?」

突然、そんな質問をされて、僕は戸惑った。

「え?別に、好きでも嫌いでもないけど…」 右手に持った教科書をちらりと見つめる。

「なら、捨てちまえよ」

彼はあっさりとそう言って、僕の教科書をひょいっと取り上げ、ゴミ箱に放り投げた。

「えっ⁈ ちょっと!」

驚いて慌てて拾おうとする僕の腕を、リュウジさんが軽く掴んで、ニヤリと笑った。

「教科書通りにやるのは楽だけどさ、つまんねぇじゃん」

そう言うと彼は、僕を引っ張って教室を飛び出した。えっ⁈ えっ⁈ これ、どういう状況⁈ わけがわからないまま、僕はただ流されるように進んでいった。そうして連れてこられたのは、職員室らしきところだったが、なぜかコンロとフライパンが並べられていて、先生たちはどこにもいない。

「こっちのほうが全然楽しい」

リュウジさんは、教科書の代わりにコンビニで買ったカップ麺を取り出して、ニヤッと笑った。

「これ、5倍うまくしてやるよ。カップ麺は教科書通りに食ったら負けだから」

お湯を沸かしながら、冷蔵庫から卵とチーズ、黒胡椒を取り出す。

「あれは?」

僕は置きっぱなしの粉末スープを指さした。

「使わない。それ使ったアレンジは動画にもうあるから」

リュウジさんはあっさりと答えた。

「そっか…え⁈ じゃあ、スープ捨てるの?」

「こいつはまた別のやつに使えばいい。これには代わりにコンソメと鶏ガラスープ、味の素をぶち込む」

リュウジさんは勢いよく鍋にスープ、卵、チーズを入れて、仕上げにバターを溶かし、黒胡椒をたっぷりと振りかけた。

「ほら、完成。食ってみ」

半信半疑で口に運んだ瞬間、驚愕の味が広がった。うまい。あの即席カップ麺だと思っていたものが、まるで専門店のラーメンのように濃厚で、贅沢な味わいに変わっていた。

「な?教科書なんか捨てちまえ」

リュウジさんは満足げに腕を組んで、僕の目をじっと見つめながら言った。

「ただ覚えるだけじゃなくて、自分で疑問を追いかければいいじゃん。なんでそうしないの?」

「なんでって、そんなこと言われても・・・」

「自分流に使い方や由来を調べてみたり、逆に創作してみたり。教科書通りにやる必要なんてねぇじゃん」

その瞬間、ハッとした。「学ぶ」って、もっと自由でいいんだ。

目が覚めた瞬間、僕は自分の部屋にいた。ベッドサイドには、あの教科書が置かれている。思わず手に取ると、落書きした文字が目に入った。

「俺流でいけ」

夢で見た言葉と全く同じだった。まるで僕がどこかで、自分を諭してくれていたような気がした。

その日から、僕は教科書通りに進められる授業にも、自分なりの工夫を加えるようになった。数学の授業では、計算式をただ解くだけでなく、その式がどうして成立するのかを自分なりに考え、図にしてみたり、法則に名前をつけたりした。先生には「やり方が違う」と言われることもあったけれど、僕は自分の理解に自信を持った。

英語の授業でも、ただ単語を覚えるだけではなく、その単語がどんな歴史や文化的背景を持っているのかを調べるようになった。例えば、僕の好きな珈琲「coffee」という単語のルーツを追ってみたり、勝手に造語を作ってみたり…。ちなみに「coffee」は、アラビア語のqahwa(قهوة)から始まり、オスマン帝国を経て世界中に広まった。

誰かに言われたわけじゃないけど、このように僕は自分のやり方で学び始めた。そして、いつか本物のリュウジさんにも「俺流のやり方」を見せてやりたいと思った。