Mrs. GREEN APPLEの「MAGICAL 10YEARS FILM『THE ORIGIN』」を鑑賞。

 

イントロダクションには、映画と共に生まれた楽曲「Variety」が観客に届くまでの約300日間に密着し、”代わりのいない3人“を映し出すドキュメンタリーとある。 クリエイターの意図をどこまで汲み取れるのか。受け取る側の解析度によって、感じ方というのはもちろん違ってくるわけで、表現者として実はそうじゃなくてとか、ここにはこういった想いがあって・・・など、もどかしさというのは抱えているものだ。

 

受け手側がそれぞれで自由であるぶん、わかってほしいのなら晒すのも一手だけど、それは手の内を明かすことでもあり、背負うものが大きいだけ勇気の要ること。ただ、それをすることにより、次なる一手というのは、これまでとは違ったものでありより深度のあるものになるはずである。

 

ミセスという巨大看板を背負う大森元貴は、それこそが10周年という区切りそしてフェーズ2終了、次なるフェーズ3へ進むにふさわしいと感じたからこそ、映像をフィルムに残し、映画化に踏み切ったのだと思った。

 

彼が、0から曲を生み出すところも公開されていた。短歌をやっている身として、ゼロイチの段階というのは最も苦しいというのもあるんだけど、言葉ひとつでもPCにごちゃごちゃわけのわからないことを書き込んだりして、私ならとても見せられたもんじゃない。途中で、「あ~っ!!」とか声をあげたりするのはめちゃくちゃ共感した。

 

あと、若井滉斗と藤澤涼架の懐の広さだったり、共感力だったり、スキルだったり。2人がどれだけミセスにとって重要であり、支えになっているかというのも改めて痛感させられた。

 

「MAGICAL 10YEARS FILM『THE ORIGIN』」しかり、10周年である2025年のミセスは、巨大なプロジェクトを次々に立ち上げてきた。「自分たちがやりたいからやる」と口にしていたが、やりたいからといって簡単にできるというものではない。

 

デザインを形にするには、それを具現化するための有能なパタンナーだったり、それぞれの専門スタッフが動いており、クリエイターとしてだけではなく細部にまで的確な判断が求められる。当然のことながら、それだけのプロジェクトを立ち上げるだけの説得力がなければ、実現することはできない。それをやってのけたという実績だけでも、それがいかに凄いことであり、大森元貴が背負っているものは計り知れない。それを一番身近でみてわかっているからこそ、彼らの発する言葉には共にミセスを支えようとする覚悟と共に、だからこそのそれぞれの孤独もあって、胸を打たれた。