本書にも収録されている「六千万個の風鈴」で、2007年に「50回短歌研究新人賞」を受賞されています。
本書は三十の連作によって構成されていますが、作品によってテイストが異なってくるので、感想が書きづらいのかこの歌集です。(笑)
近未来的だったり、就活や介護現場を描いたメッセージ性の強いものだったり、“わし”という一人称や大阪弁を多用してみたり、「糞」とか「屁」とかやたらシモネタをぶっこんできたか思えばことさら美しく繊細な表現をしてみたり。・・・なんなんだ、これは。(゚Д゚;)
連歌ごとの振り幅が大きくて、一言で言ってしまえば、“チャンプルー(ごちゃまぜ)”な歌集。
ひとつひとつの連歌が短いのも特徴で、ひとつの世界観をじっくり味わうというよりは、次は何が出てくるのだろうと未知の世界を冒険していくように読ませていく。そういうのもひっくるめて、現代っぼいなという印象です。
「アクションコメディ」を短歌でやってしまう柔軟さ
「短歌研究新人賞」を受賞した「六千万個の風鈴」は、自分は作られた大量生産されたロボットという設定で、途中でプログラムが消去され・・・と、まるでSF小説を読んでいるかのよう。
兄さんと製造番号二つ違い 抱かれて死ぬんだあったかいんだ
プログラムは更新されて君は消える 風鈴の向こうに広がった夏引用元: ひだりききの機械
SF感がさらに顕著になるのは「もしスーパーマーケットが戦場になったら」という作品で、文字通り“スーパーマーケットが戦場になった”ことを想定しての連作なんですけど斬新!!
攻め込んだゲリラ部隊と店員が特売のねぎでしばきあう午後
ショッピングカートを使った突進にテーブルコショウで応戦している
店内のベンチに画鋲を設置するひととテープでとめていくひと引用元: ひだりききの機械
趣向を凝らした斬新な表現の短歌はこれまでいろいろみてきたけど、これはそういうのとは根本的に違いますからね。映画やドラマのジャンルで言えば「アクションコメディ」「SF」であり、「ヒューマンドラマ」であらねばならないという固定観念を見事に覆しています。
・・・いやぁ、アクションだとかコメディを短歌でやってしまおうという・・・その発想はなかったなぁ。正直、やられた~!!と思いました。短歌の分野ではないと無意識にラインを引いている部分を、いや別に短歌でやってもいいんじゃないの?と言わんばかりにあっさりやってのける柔軟さに驚かされました。
そもそも文化だったり言葉というものは、それまでタブーだったり邪道とされてきたものが当たり前になったり、それまでになかった新しいものが取り込まれて変化していくもの。そういった意味で、彼はそれまでとは全く違う新しい試みをしたのではと思うのです。
なにこれオモロイやないか~い!! こういうノリ大好き!! という自分と、短歌の概念がガラガラと音を立てて崩れていくような感覚に戸惑っている自分・・・に戸惑っている自分がいました。・・・もしかして自分、柔軟なつもりがガチガチに凝り固まってたりしたのかな。
対照的に、介護現場を描いた「ほら穴」や就活をテーマにした「氷河期だより」という連作は思いっきり現実的。このギャップ。
しろめしを上の前歯にひっかけて歯の裏側の穴へとおとす
水鳥がとびたつように抜くんやと教わりて抜く口から匙をここに引用文が入ります。引用元: ひだりききの機械
食事介助のこういった細やかな描写は、実際に“現場”を知らないと書けないよなぁと思いながら読んでいきました。情報がないので、本当のところは定かではありませんが。
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冒頭で「チャンプルー」と表現しました。異質なもの同士が連なっているだけのようでいて、丁寧に読み込んでいけばそこに大きなテーマが孕んでいてすべてに繋がっているようでもあり何とも不思議な歌集です。
あと、歌人の黒瀬珂瀾さんが解説をされているのも見所です。
では最後に、私の好きな一首です。
花びらをこぼして歩く 恋人は花びらの深紅をつたってくるから 吉岡太朗