【道化師】
ネガティブをポンポン投げてポジティブをポンと逆手でつかみ返して
割れるより萎んでしまう 細胞のひとつひとつがほつれてしまう
ただいまと戻ってくれるはずだった スナッピングのひとつで終わる
押されずに引いてぼやける定点はすり抜けられる 見えない壁を
クチクラを剥いでそれでもコンフェッティ 端切れのなかで道化しながら

 

 

 

何かに夢中になって、ふと我に返る。「あれ、私、何やってたんだろう」と。

 

あんなに熱中していたのに、ある瞬間から、嘘のように気持ちが離れてしまうことがあります。けれど、離れたはずの同じ対象に、波のようにまた惹かれることもある。そのまま憑きものが落ちたかのように、パタリとやめてしまうこともあれば、別の何かに心を奪われることもあります。対象が変わっても、変わらなくても。私たちは何度も夢中になり、ふと我に返り、また何かに心を動かされます。

 

連作【道化師】では、そんな人間のあり方を、道化師の芸を借りて詠みました。

 

ジャグリング、バルーンアート、スナッピング、パントマイム、コンフェッティ。

道化師そのものを描くのではなく、その動作や小道具を並べながら、夢中になっている自分と、それをあとから眺める自分を重ねています。

 

なぜ「割れる」ではなく「萎む」なのか。なぜ、見えない壁は消えるのではなく、すり抜けられるのか。そして、最後に「道化師」ではなく「道化しながら」と置いたのはなぜなのか。noteでは、一首ごとの言葉の選択と配置から、連作全体の構造を読み解きました。