名古屋市出身の歌人・加藤治郎氏の著書。加藤氏は、「未来短歌会」をはじめ、毎日新聞や 朝日新聞の歌壇コーナーの選者をされています。

 

本書は二部構成になっていて、前半は東海地方にゆかりのある31名の歌人について、そして後半は「吟遊の街」と題して名古屋のあちこちを巡りながら詠まれた短歌の掲載されています。前半部分は「中日新聞」の夕刊で連載されていたもの、後半部分は「朝日新聞」の名古屋本社版に連載されたものがまとめられ書籍化されました。

 

ちなみに、先日取り上げた「わがままな貴婦人に似た紅のパノラマカーよ歌いつつ去る」という加藤氏の短歌は、「吟遊の街」に掲載されていたものです。※参照 「吟遊の街」では、行ったとのあるおなじみの場所がたくさん出てきて、思わずニヤニヤしちゃいました。

 

紹介されている歌人31名の名前をざっと挙げてみます。(敬称略)

春日井建、荻原裕幸、小島ゆかり、野口あやこ、浅野梨郷、永井陽子、平井弘、斎藤すみ子、村木道彦、三宅千代、沢草二、村松あや、大辻隆弘、島田修三、小塩卓哉、稲葉京子、後藤左右吉、大塚寅彦、鈴木竹志、栗木京子、西田政̪史、冬道麻子、大島史洋、松平盟子、岡野弘彦、百々登美子、山中智恵子、岡井隆、佐々木信綱、立花開、堀合昇平

 

錚々たる顔ぶれ。東海がこれほど短歌とゆかりが深いとは知りませんでした。「東海」生まれなので、同じ東海人としてなんだか勇気をもらいました。

 

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短歌の解説や、歌人それぞれのの生い立ちや歌壇での活動内容や役割・エピソードだったり、歌人同士の意外な接点を発見したりだとか。特に、親交のある加藤氏だからこそ書けたであろうエピソードも随所にあって、大変興味深いものでした。

 

特に印象に残ったのは春日井建氏。最終歌集となった「朝の水」が親族から送られたのだそう。

本書は著者生前に完成し、完成本を見て、逝きました。生前に寄贈名簿を用意しておりましたので、その遺志により、寄贈させて頂きます。

引用元: 東海のうたびと

というメッセージと共に。

今の時代に、こういう最期を迎えることができるのか。様式美を湛えた生であった。

「自由気儘なところと折り目正しさが共存している」という「歌人・春日井建」の生き様を、少し垣間見た気がしました。

 

 

もうひとつは、荻原裕幸氏や大辻隆弘氏が登壇したシンポジウムでのエピソード。荻原氏は「ココガ戦場?▽▽▽▽▽抗議シテヤル▽▽▽▽▽BOMB!」というような斬新な短歌を詠む「ニューウェーヴ」であり、大辻氏としてはあまりそういった表現を好ましく思っていなかったようなのです。

 

で、荻原氏と加藤氏が「歌葉」というオンデマンド歌集を出版するとなったときも苦々しかったと発言し、商業主義だと批判したことで場が緊迫したのだそう。登壇者とパネリストが白熱する中、割って入ったのが春日井建氏の愛弟子・大塚寅彦氏だったとか。

 

その大塚氏は、とある喫茶店で師匠の春日井氏から「中部短歌界」の継承を託されたものの即答できなかったといいます。後に名古屋駅前のビアガーデンで「春日井建という大きな名前が会の存在と不可分であったので、私が継いで潰してしまったらと思うと躊躇があった」と加藤氏にこぼしていたのだそう。

 

こういった人間味あふれるエピソードを知ることができたのは、何よりの収穫でした。