今年は、「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」「皇帝円舞曲」などを手掛け、“ワルツの王” とも称されるヨハン・シュトラウス2世の生誕200周年。これを記念して、ウィーンではムジークフェライン、コンツェルトハウス、フォルクスオーパー、国立オペラ劇場といった名だたる会場で、毎週のようにコンサートやイベントが開催されているようです。

 

そして5月31日、「美しく青きドナウ」の演奏が 宇宙へ向けて送信されるという、なんともロマンチックで壮大な記念イベントが予定されています。ウィーン時間の5月31日に行われるこのイベントは、日本時間では6月1日になります。ヨハン・シュトラウス2世のワルツが、地球を越えて広がっていき、その音色に誘われて星たちがにぎやかにワルツを踊る――。まさに掲出歌にあるような幻想的な光景を思い描かせるひととき。イベントの様子は、日本時間午前4:30よりイベント特設サイト、もしくは ウィーン市観光局Instagram から視聴することができます。詳細を知りたい方は、こちらのサイトをご覧ください。

 

 

 

ヨハン・シュトラウス2世にとって、父・ヨハン・シュトラウス1世との関係は、決して円満とはいえませんでした。音楽一家に生まれながらも、父との間には深い確執があったことが知られています。ヨハン・シュトラウス1世は当時ウィーンで大変な人気を誇っていた作曲家で、「ラデツキー行進曲」などの名作でも知られていますが、息子のヨハン・シュトラウス2世が音楽の道に進むことを断固として反対していました。そのためヨハン・シュトラウス2世は、父に隠れて母アンナの支援のもと、密かに音楽の勉強を続けていたのです。

 

シュトラウス2世が19歳でデビュー(1844年)した際、父・ヨハン・シュトラウス1世は息子の初コンサートと同じ日に別の会場で自分のコンサートを開いたという記録があります。これは、露骨な妨害というよりも、「ライバル心」や「父親としてのプライド」の表れと言えるのかもしれません。

 

やがてヨハン・シュトラウス2世の音楽は市民の心をつかみ、父と肩を並べるどころか、“ワルツの王”として父を超える人気を博していきます。父の死後に楽団を引き継いでからは、ますますその名声は高まり、のちにウィーンフィルのニューイヤ・ーコンサートでも彼の楽曲が中心になるほどの存在になりました。特に「美しく青きドナウ」は、今やニューイヤー・コンサートの定番アンコールとして、毎年のように演奏されています。

 

シュトラウス2世は、父という立ちはだかる壁を実力と才能で越えていき、居場所ともいえる“星”を手に入れた人です。でもそうはなれなくて、悩み、苦しみ、もがいている人も、世の中には大勢います。それでも、今いる場所がしっくりこないからといって、どこにも自分に合う場所がないとは限りません。よく「星の数ほど」と言うけれど、きっとどこかに “自分にとって生きやすい星” があって、その星が「にぎやかにワルツを踊る」というところに、私は希望を感じます。

 

 

 

 

先日訪れた「ぎふワールドローズガーデン」でも、ちょうどヨハン・シュトラウス2世の生誕を祝うオーケストラ演奏が行われていました。薔薇に囲まれて、屋外で生の演奏を聴くという、贅沢な時間。ちなみに「ヨハン・シュトラウス」という名前の薔薇も植えられていると紹介されたのですが、残念ながら見つけることはできませんでした。