久々の読書日記です。

中澤日菜子さんの作品。BSプレミアムにて、松平健さん主演でドラマ化もされました。

 

 

大手家電メーカーを定年退職し、悠々自適のセカンドライフを送っていた武曽勤が主人公。「営業統括本部長」まで上り詰めた勤は、正義感が強く愚直で仕事一辺倒だった不器用な性格。

 

そんな彼が、ひょんなことからPTA副会長を引き受けることになってしまいます。PTAも会社もいわば“組織”。しかし、現役時代に培った会社組織の常識や慣例は一切通用せず、クセのある母親たちに揉まれながらも奮闘してしていく物語です。

 

 

その人の立場になってみないとわからないことはいっぱいあり、何でもないような顔をしている人でも裏ではそれぞれ事情を抱えているものです。好き好んでそうするわけではないのに、どうしても都合がつかずお願いしなければならない立場の葛藤。誰かが抜ければ、その部分を誰かが補わなければならない現実。それぞれの言い分があり、どれも間違っていません。

 

この物語は、PTAというものを通してそういう内面にも焦点を当てています。

 

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子供がいないのでPTAというものに関わったことがなく、どういったものなのかはなんとなくのイメージでしかわかりません。しかし、妹も子ども関係の役員会やらなんやらで時間のやりくりに相当苦労していたみたいで、姪っ子ちゃんが幼児だったときは特によく預けにきていました。なので、母親の大変さはなんとなくではありますが理解しているつもりです。

 

また、社会人ともなれば一筋縄ではいかないそういう葛藤に幾度となく直面してきました。今もまさに、補わなければならない立場としての葛藤が続いています。

 

私の場合は、メンバーの1人が精神に不安定な状態が続いています。ペースや気分が乱れると、精神的にとても仕事ができる状態ではないと訴えてきて、自分の持ち場をまともにこなすことができません。そして、毎日のように振り回され、そのツケがこちら側に回ってきます。

 

まだ入社して数か月も経っていないので慣れないうちはとみんなでカバーしていたのですが、ただでさえ自分の持ち場でいっぱいいっぱいとあって、そんな状態がいつまでも続いては他のメンバーは疲弊していくばかり。やっと会社も少しずつ対応してくれようとしていますが、本格的な解決には至っていません。そんな状況なので、いろいろと考えさせられることが多い本でした。

 

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印象的だったのは、PTA総会の打ち上げにおいて居酒屋に幼い子供を連れてくる母親たちに違和感を持った勤が、思わずいかがなものかと咎めるシーン。

「だって、迷惑でしょう、他のお客さんに。ゆっくり酒を飲みに来たのに、子どもが騒いだり走の回ったりしたら」

「だから、わざわざ個室を予約しているじゃありませんか」

「そういう問題じゃない。そもそも子どもを酒の席に同席させることじたいが非常識だ」

「じゃあ、武曽さんは子育て中の母親は居酒屋に来るな、と」

「酒を飲むなとは言ってません。ホームパーティーとか家飲みとか、他にいろいろ手段はあるでしょう」

「ホームパーテイー」言ってから、雅恵は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。「この人数で?」

「だから、こういう席にくるときは子どもを置いて」

「置いてきた子の面倒は誰が」

「そりゃ祖父母とか近所のひととか」

「近所のひと」もはや雅恵はバカにした態度を隠そうともしない。「じゃあ武曽さんの奥さんに預かっていただけますか。この子たち全員」

勤は言い返せない。黙り込んだ勤を、雅恵が勝ち誇った顔で見ている。頭に血が上る。からだが震えだす。勤は叫ぶ。

「とにかく子供が小さいうちぐらい我慢したらどうなんだ。たいした期間じゃないだろう」

「大した期間じゃない?」雅恵の眼がすっ、細まった。ゆっくり喋り出す。

「うちは子どもが三人います。上の子が生まれてから下が中学生になるまでほぼ二十五年。二十五年、武曽さん、たいした期間じゃないと?じぶんの人生をそれくらい犠牲にするのは母親なら当然のことだと?」

子育てにしろ、介護にしろ、こんな風に指摘されなければわからないこと、見えてこないことってたくさんありそうですね。

 

多種多様な特性や生き方を尊重し、受け入れられる社会にするには、こういう見えない部分をもっと炙り出して知ってもらう、知ろうとすることが重要なのだと思います。