「はるかな」は距離や時間の遠さを連想させ、「針葉樹林」は深く静かな森のイメージ、そして「翳り」はその森が放つ影、あるいは内面に射す不穏や沈鬱の気配。「前髪に」「縦に」と畳みかけることで、日常の延長ではなく、何かしらの動作の特異性や心理的な異常性の輪郭がよりくっきりと立ち上がってきます。

 

連続助詞を避けるかどうか。「前髪を縦に切るとき」のように置き換えた場合、文章としてはスムーズになりますが、短歌の醸し出す水底のような緊張感は損なわれる気がします。「に」の重なりが不自然であることを承知の上で、「文法的な正しさ」よりも「感じさせるものの強度」を優先した選択し、歌の強度を増すことに成功した一首です。

 

「てにをは」の使い方ひとつで、言葉の奥行きや余韻の質は大きく変わってきます。たかが助詞されど助詞。わずか一音の違いが、世界の温度を変え、心の揺れを生み出すこともあります。短歌という凝縮された詩型の中で、小さな魔法のような助詞の威力は、あなどれません。