相変わらず「おんな城主 直虎」にどっぷりはまっています、こんばんは。
白黒をつけむと君をひとり待つ天つたふ日そ楽しからすや 政次
最期まで嫌われ者として井伊の盾となり、命を差し出すことで直虎と井伊を救った政次。そして、自ら政次の命を奪うことで、その想いに報いようとした直虎。政次の壮絶な死に続いて、さらなる怒涛の展開でますます目が離せません。ダイジェスト動画はこちら
あの辞世の歌は、高橋一生さん直筆だったですね。
☆直虎HP更新情報☆
特集に「いつの日か、再び 小野但馬守政次 辞世の歌」を公開しました。
劇中に登場した、小野但馬守政次(#高橋一生)の辞世の歌は高橋さんの直筆です。#NHK #大河ドラマ #おんな城主直虎 #直虎https://t.co/TUkXrIoVJE— NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」 (@nhk_naotora) 2017年8月27日
政次に関しては、制作側も相当思い入れがあるみたいで「鶴のうた」という追悼盤が出ると話題になっています。
こちらのサイトで視聴できます。
そして、わが地元の吉田城主だった酒井忠次は、見事な悪役っぷりでした。
吉田城
酒井殿、徳川における政次ですな。主が無理になんとかしようとしても、それが主のために将来的にならぬと思えば、汚れ仕事も家康から「なんてことをする」と思われても、やってのける #おんな城主直虎
— まふ (@mafu_todo) 2017年8月27日
真面目な話、酒井忠次が住民皆殺しを選択したのは戦国大名的にはむしろスタンダードな考えで、「逆らったものはどうなるか」を見せつけておくのは、戦後の統治の上でも重要なのです。武家はナメられたら終わり。 #おんな城主直虎
— まとめ管理人 (@1059kanri) 2017年8月27日
城代一人の命と引き換えに戦禍を免れた井伊谷。
城主の逃亡で統制が取れずに民が戦禍に呑まれた気賀。今週の気賀の有り様は、先週の和尚様らが講じた“直虎・政次 逃亡計画”の末路の井伊谷。
改めて、政次が井伊最強の盾であったと実感する。
— あさくらちほ (@Chiho_Asakura) 2017年8月27日
このことに関しましては、TwitterのTLがすべて代弁してくれた感じです。
というわけで、今回は久々の「おんな城主 直虎」ゆかりの地シリーズです。
宿蘆寺(しゅくろじ)
8/27の大河では、今川の家臣で堀江城主である大沢基胤(もとたね)率いる軍が徳川勢に対抗すべく気賀の堀川城を乗っ取ります。その大沢(大澤)家の菩提寺が、この宿蘆寺です。ダイジェスト動画はこちら
気賀・堀川城主の瀬戸方久や商人の中村屋から助けを求められた徳川勢。閉じ込められた民を船で逃がして、大沢軍のみとなった堀川城を攻撃するはずが「そのまま攻め落とせ」と民もろとも皆殺しにしてしまったダークな酒井忠次公もご覧いただけます。
その他、大沢基胤が登場する主なダイジェスト動画はこちらとこちら
ここは龍潭寺の境内に向かう山道という設定で、大河のロケでも使われています。「立派な次郎法師になります!!」と意気揚々と龍潭寺を訪れたおとわちゃん(後の直虎)を「ここを通りたければ俺を超えて行け~!!」と先輩僧侶の傑山さんがさんざん投げ飛ばしていました。(笑) この場所が登場する動画はこちら
投げ飛ばしているシーンはカットされていますが、傑山さんたちが仁王立ちしておとわちゃんを待ち構えています。(0:50ごろ)
境内へ向かう途中の岩陰にふと目を向けると、割と大きなカニさんが何匹もいました。カメラを向けると一斉に逃げてしまって、こんな写真しか撮れなかったけど・・・。(;^_^A
私がここを訪れたときは、なぜだか蚊がブンブン飛びまくっていたんですよね。何ヵ所か刺されてしまいました。
また、三方原の戦いで追い詰められた家康が逃げ込んだという伝説もあるようでその詳しい逸話がこちらに掲載されています。
大沢家の墓所
宿蘆寺
静岡県浜松市西区庄内町721
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堀川城址も訪れているので、良かったらこちらもご覧ください。
その他のゆかりの地めぐりはこちら↓