「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ 俵万智

 

このところグッと冷え込んで、合言葉のように「寒いね」を連発しています。「寒いね」と言い合える人がいるのといないのでは、同じ寒さの中でも気分的に全然違いますね。・・・と言いつつ、このblogを書いている今はなんだか暖かいんだけど。

 

この短歌ももちろん大好きなのですが、今回このblogで取り上げるのは、俵万智さんの別の短歌です。

 

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落ちてきた雨を見上げてそのままの形でふいに、唇が欲し 俵万智

 

何といっても「、」が効いていますよね。リズムが生まれることで、パッと目を引き印象に残ります。

 

「欲しい」とか感情をストレートに表す形容詞は、私自身はなるべく使わないようにしています。使うにしても相当な高等テクニックが必要なので、かなり慎重になります。

 

なんで形容詞を敬遠するかといえば、よほど欲しがっているんだなとか思わせるのがテクニックであって、「欲しい」といってしまえばそれが「答え」であってそこから広がりがなくなってしまうから。

 

でも、この短歌のどこに一番惹かれたかといえば「唇が欲し」なんですよね。

 

雨が降ってきたかと空を見上げたとき、キスをするときの仕草と重なってそのまま唇が欲しくなった・・・。素直にそのまま読み解けばこんな感じで、恋する乙女の透明感と瑞々しさを持った歌。

 

空を見上げる仕草がもっと切実に温もりを求めているのだとしたら、さらに憂いに満ちた短歌と読み解くことも可能。どん底にいるヒロインが突然降ってきた雨に打たれるみたいなドラマチックにも、落ちてきた雨を何かの象徴としてもっともっと深読みすることも。何かに失望したとき、人は涙を堪えて天を仰いだりします。

 

フレッシュで透明感にあふれていたり、ある程度経験を積んだ大人の色香だったり・・・「唇が欲し」の色彩が詠み手の想像によって変容していくのがすごく魅力で素敵だと思うのです。