ウチからは蛍がちらほら見えるので、この時期はバルコニーに出てのささやかな蛍見物が日課になっています。蛍を見かけるとすごく嬉しいんですよね。
そんなわけで、今回の万葉集特集は、「蛍」です。
万葉集には4500余首という膨大な歌が記載されていています。中には、蛍を詠んだ歌も数多くあるかと思いきやそうでもないんです。鳥や虫など様々な生き物が詠われていますが、不思議なことに「蛍」を詠んだのはたった一首だけ。
万葉集の中で、唯一「蛍」が詠まれた長歌。
この月は 君来まさむと 大船の 思ひ頼みて いつしかと 我が待ち居れば 黄葉の 過ぎてい行くと 玉桙の 使の言へば 螢なす ほのかに聞きて 大地を ほのほと踏みて 立ちて居て ゆくへも知らず 朝霧の 思ひ迷ひて 丈足らず 八尺の嘆き 嘆けども 験をなみと いづくにか 君がまさむと 天雲の 行きのまにまに 射ゆ鹿猪の 行きも死なむと 思へども 道の知らねば ひとり居て 君に恋ふるに 哭のみし泣かゆ
~作者未詳~
この月こそは貴方が帰って来てくれるかとも大船に乗る思いでいつかと待ちわびていれば、貴方は黄葉のようにこの世を去って行かれたとのこと。使者からのその知らせを蛍のようにぼんやりと聞くしかできず、地に足つかず炎がゆらめくようにしてどこへ行けばいいのかもわからず朝霧の中で迷いながら嘆き喚いても甲斐もなく、どこに貴方がいるのかと天雲の流れるままに身をまかせ、射られた鹿や猪のように狂い死にしようと思うのだけど、その道すらも知らないので1人で貴方を恋しく思いながに声をあげて泣くしかないのです。
夫を亡くした妻の挽歌です。