エレベーターの「閉」ボタンに描かれた、ただのマーク。そこに「蝶」の姿が見えるようになりました。というより、もうあの形は蝶にしか見えません。それまで何気なく見ていたものが、言葉によって別の意味やイメージを持ち始める。何気ない景色に彩りが加わる瞬間、短歌をやっていて良かったと思う、そんなひとときです。

 

あのマークを見て「蝶」を連想することはあっても、「似ているな」と機械的なデザインの一部として通り過ぎてしまうことがほとんどでした。でも、「簡略な蝶」と描写されたことで、デザインの中に幾何学的な蝶の模様が浮かび上がるように感じられます。「簡略な」という言葉が使われていることで、余計なものを削ぎ落とした洗練された蝶のイメージが生まれ、シンプルだからこそ、かえって強く印象に残るのかもしれません。

 

エレベーターの「閉」ボタンを押す瞬間には、早く移動したい、誰かを乗せたくない、早くこの場を離れたいといった心理が働くことがあります。「閉めたい時に」という言い回しから、急いでいるのか、あるいは誰かを避けたいのか、それとも単に操作としての習慣なのかと、様々な情景が浮かびます。そんな微妙な心理と、自由の象徴である蝶。そして、蝶が自由でありながらも、エレベーターのように上下にしか動けないものとして描かれることで生まれる対比。この短歌には、そうした余韻が感じられます。