今年の筍は慎重派なのか、出てくるのが遅くて、4月になっても一つも姿を見せませんでした。例年なら3月の半ば頃からポコポコと出てくるのに、こんなことは初めてです。「もう少し暖かくなってからにしようか」って、地中で相談してたのかも。そんな今日、ようやくいくつかが顔を出しているのを発見しました。穂先がぴこっと土の上に現れているのを見ると、やっぱり嬉しいものです。
「足裏にふれて」と、視覚ではなく触覚から始まることで、読者自身もその“ふれた感触”を自分の足に感じるような、生々しさがあります。本当は、この句に詠まれているように、足に当たるくらいのサイズ——つまり、まだ土を破ったばかりの小さな筍が一番美味しいんですよね。わかってはいるものの、皮を剥いだら食べるところがほとんどなくて、もったいないので、つい少し育ってから収穫してしまいます。
「筍の秀 (ほ)」という表現は、日常的な言い回しとしてはそこまで一般的ではなく、文学的な表現で使われることが多いです。「最も優れた」「最上の」という意味を持っている「秀」が、土を破って顔を出したばかりの穂先にぴったり合い、柔らかい部分が特別であることを強調しています。
そして結句の「黄色し」。この一言があることで、まさに“いま出てきたばかり”の様子がはっきりと浮かび上がります。視覚的にも鮮やかで、春の陽に照らされる温もりや、土を押し上げて芽吹く生命のエネルギーまで感じられるようです。