あれっ⁈と思うのは、抜くとすればゲソの部分じゃない?ということ。イカを捌く手順としては、えんぺらよりもまずはゲソの部分のはず。ゲソの部分を外して、墨袋と軟骨を抜いて、なめらかな空洞にするのがセオリー。第一、えんぺらを抜くとは言わないですよね?これまで何度もイカを捌いたことがある人なら、その順番や流れを知っているはずです。ゲソを外してから、墨袋を取り除き、軟骨を抜く。どれも体内に溜まったものを順番に取り除く行為であり、それがイカを捌くときの「理」に沿った方法です。
それでも、あえて「えんぺらを抜き」なのは、視覚的なバランスや音の響きが理由なのか。それともここにもっと深い比喩が込められているのか。その問いに答えを見つけるうちに、もしかするとこれは単なる解体作業にとどまらず、心の中の防御や仮面を取り除く行為を象徴しているのではないかと思い至りました。そう考えると、なぜ最初に「えんぺらを抜き」なのか、その理由が見えてきます。自分を守っていたもの、他人に見せるために作り上げた姿を取り去り、内面に向かって一歩踏み込む。そんな意図が感じられるのです。
えんぺらを抜く 帽子や仮面を脱ぐように、自分を守っていたものを取り除く。長い間守り続けた殻を脱ぎ捨てるように、その重荷を下ろすことで、自分の本来の姿が現れ始める。
墨袋ぬき 内面の暗い部分やネガティブな感情、または心の闇や抑圧された感情を取り除く。心の奥底に沈んでいた黒い感情の塊を慎重に取り出す。
軟骨をぬきて 柔軟で新しい自分を作り上げることへの成長や進化のプロセス。固定された考え方や古い価値観を捨て、新たな柔軟性を手に入れる。
なめらかな空洞とせり 浄化された新しい自分。 内面の闇や硬さを取り除いた後に残るのはなめらかな空洞。清らかで澄みきった空洞に秘めている未来への可能性。
仮面や防御を脱ぎ捨て、心の奥深くに触れたとき、初めて本当の自分と向き合うことができるということ。見当違いかもわかりませんが、個人的にはこんな風に考えると「えんぺらを抜き」が、とてもしっくりくるのです。